コンテンツにスキップ

ゴント・ラケトスコ

提供: ApolaTrajectoryWiki
2025年3月16日 (日) 17:19時点におけるAstro Sola (トーク | 投稿記録)による版
ゴント・ラケトスコ
Gont Laketosko
基本情報
生年月日 2964年
出身地 グランヴェント帝国
没年月日 3118年 (154歳)
国籍 グランヴェント帝国
民族 イーレ系民族
キャリア情報
職業 学者 (博士)
著名な実績 ラケトスコ方程式の発見
研究活動
研究分野 ロケット工学
所属研究機関 帝国宇宙機関


ゴント・ラケトスコ (ロトン語: Gont Laketosko) は、グランヴェント帝国の科学者、ロケットなどの宇宙工学の研究者。

生涯

幼少期

2964年、グランヴェント帝国郊外の農村にて火薬製造業者の夫妻の息子としてラケトスコは生まれた。幼少の時から化学に対する関心が非常に高く、父親の扱う火薬に対して非常に高い関心があった。

2982年、16歳の時に父親の火薬を製法をまねて作った黒色火薬粉末で裏山を燃やした。この森林火災は大規模で、結果として以降ラケトスコはいじめにあい学校に通うことをやめた。以降、過酷ないじめへの報復を行うため、彼は化学へ傾倒していった。

数年後、独学で製造したダイナマイト爆薬を用いて学校を爆破しようと試みた。しかし、この時の爆薬は自宅の手製実験器具で作っていたため純度が不十分であり火災騒ぎで終わった。この一件を見た父親は、ラケトスコに化学の才能があることを確信し、彼を大学へ進学することを勧めた。父親の助言に従い、彼はグランヴェント帝国の名門校であるグラックザード大学の化学科を目指すこととなる。

大学へ入学するための独学の期間の中で、彼が出会ったのがアリー・ヴェルネの著した「星海放浪記」である。このまだ人類が訪れていない「宇宙」へと旅をするという物語は彼に衝撃を与えた。彼はこの物語に熱中し、次第に物理学についても関心を示すようになる。そうして、彼の目標は化学者からまだ存在しない「宇宙工学者」へと変わっていった。

研究者時代

2992年、28歳になり彼はグラックザード大学の物理学科へと入学した彼は、師であり熱力学の第一人者であるヘルミン卿の指導を受けることとなった。大学での研究生活は決して平たんなものではなく、実験中の事故や生活上のトラブルが相次いだ。入学からわずか2年目で実験中の火災事故で賃貸住居を失い、一時期は大学の敷地内に仮設の布でテントを張って生活するなど困窮状態に陥っていた。

状況を見かねたヘルミン卿の尽力で、どうにか大学内の研究室を住居として使用することが承認された。しかし、頻発する実験事故のため複数の研究室を転々とすることとなった。ある時期には研究室の壁にポータレッジを設置して就寝するという奇策も試みたが、安全上の問題から撤去を余儀なくされた。その後もラケトスコは大学の屋根裏や中庭の樹上など様々な場所を転々としながらも、研究活動を継続した。困窮していると言っても差し支えない生活を送りながらも、彼の研究は着実に進展していった。

3042年、78歳になり、研究者として熟練になったころ、ようやくその壮絶な研究が実を結んだ。彼はラケトスコ方程式[1]を発表した。同年、多段式ロケットや軌道エレベータなどを含め、多くの理論をまとめたものを「力学的作用を応用した宇宙空間移動装置について」という論文にまとめ上げた。この論文は宇宙工学の基礎を確立する画期的な成果として高く評価され、その原本は現在も帝国科学博物館に丁重に保管されている。

文明大戦期

帝国宇宙機関期

この行く末を見届けられないのが唯一の心残りだが、弟子に、そしてさらに教えを乞うであろう者たちにこう残す。
人類よ、未来は開かれた。

死後・影響

人物像・逸話

異常な研究への執着と生活習慣

ラケトスコは研究に没頭するあまり自身の生活を顧みないことが多々あった。彼は実家からの仕送りも食事ではなく実験に使う化学試料や教本のために充てるほどで、「パンと水があれば死にはしない、十分だ。」という姿勢を貫き、最低限の生活すら二の次にしてしまう徹底ぶりであった。大学時代には不眠不休で研究に没頭することも珍しくなく、それ故に事故などが絶えなかった。回顧録では火災事故で賃貸住居を失ったことについても「紙とペンと灯りがあれば、研究が出来ればどこだって良かった。」と残している。

この他、研究室から追い出された際に「研究『室』に住まなければいいんだな」と言って壁にポータレッジを設置したエピソードなども含め、研究を続けるためならば明確に禁止されていなければ手段を選ばない彼の研究への情熱が伺えるエピソードは枚挙に暇がない。

住居を失っていた期間で食べた野草の食味についても冷静に論評した細かい記録が残っているように、彼は常に手帳と青いインクのペンを持ち歩いていた。また考え事をするときは意味もなく歩き回ったり走り回ったりしながら考えることも多く、独り言を日夜つぶやきながらメモし続けている姿は、同僚から「妖怪」と揶揄されたとも回顧録で語っている。

また、彼は起床時「光合成をする」と言い放ち日光を浴びる習慣があり、朝の大学の屋上で上裸で瞑想していた。この強烈な習慣は、大学を訪れた多くの者が記憶に残ったと証言している。

対人関係

研究に没頭するあまり人間関係でも度々衝突を起こすラケトスコは、同僚からはその予測不能な行動と情熱的な気質を、自然発火する黄リンになぞらえて「黄燐の心臓」と呼ばれていた。しかし師たるヘルミン卿との関係は特別な信頼関係にあった。ヘルミン卿はラケトスコのその異常なまでの研究への情熱を見抜いており、奇行と言っても問題ないような行動の数々にも理解を示した数少ない人物であった。

哲学と信条

彼は後輩が行き詰まったときに「今日の理論は、明日には現実になり、明後日には『当然』になる。だから諦めるな。」とよく言い残していた。基本的に彼は「諦める」ということが理解できない質であり、気軽に諦める人間に対して「なぜ諦めるのか」を強く理詰めする傾向にあった。ちなみに彼の残したこの「今日の理論は、明日には現実になり、明後日には『当然』になる。」は現在でも帝国宇宙機関のモットーとして使われている。

Apola Trajectory 世界観作品での登場

Apola Trajectoryの世界観では世界観を形作る最初の人物、いわゆる始祖のような扱い。この空に憧れたたった一人の男から物語は動き出した。

  1. 現実世界でいうところの ツィオルコフスキーの公式のこと。