「ゴント・ラケトスコ」の版間の差分
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3042年、78歳になり、研究者として熟練になったころ、ようやくその壮絶な研究が実を結んだ。彼はラケトスコ方程式<ref>現実世界でいうところの [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%85%AC%E5%BC%8F ツィオルコフスキーの公式]のこと。</ref>を発表した。同年、多段式ロケットや軌道エレベータなどを含め、多くの理論をまとめたものを「'''力学的作用を応用した宇宙空間移動装置について'''」という論文にまとめ上げた。この論文は宇宙工学の基礎を確立する画期的な成果として高く評価され、その原本は現在も[[帝国科学博物館]]に丁重に保管されている。 | 3042年、78歳になり、研究者として熟練になったころ、ようやくその壮絶な研究が実を結んだ。彼はラケトスコ方程式<ref>現実世界でいうところの [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%85%AC%E5%BC%8F ツィオルコフスキーの公式]のこと。</ref>を発表した。同年、多段式ロケットや軌道エレベータなどを含め、多くの理論をまとめたものを「'''力学的作用を応用した宇宙空間移動装置について'''」という論文にまとめ上げた。この論文は宇宙工学の基礎を確立する画期的な成果として高く評価され、その原本は現在も[[帝国科学博物館]]に丁重に保管されている。 | ||
以降、大戦期に入るまでグラックザード大学にて理学・工学の博士として教鞭をふるった。 | |||
=== 文明大戦期 === | === 文明大戦期 === | ||
世界情勢が荒れ始め[[文明大戦]]が勃発すると、世界は新兵器の開発に躍起になっていた。ラケトスコ博士もその工学の知識を買われ、兵器設計に携わってほしいと帝国政府側から要請を受けていた。最初兵器設計を彼は頑なに拒み、向かってきた職員に向けて化学を用いて攻撃をするなど頑強に抵抗するため、政府側は「ラケトスコの成し遂げたい研究のうち、一つが叶うまで応援をすることを約束する」という約束事を交わした。この取引を引き出した翌日から、博士は別人のように協力的になったという記録が残っている。 | |||
ラケトスコ博士は大戦期、従来のレシプロ機と比較にならないほど高速に飛行するロケットエンジンを用いた航空機の設計に携わった。 | |||
大戦後期の3092年、128歳のラケトスコ博士は液体燃料ロケットについての研究を引き続き続けていた中、[[エオラム合州国]]の打ち上げた飛ばした試験兵器[[D-2 (兵器)|D-2]]が大気圏の壁を突破した。 | |||
=== 帝国宇宙機関期 === | === 帝国宇宙機関期 === | ||
<blockquote>この行く末を見届けられないのが唯一の心残りだが、弟子に、そしてさらに教えを乞うであろう者たちにこう残す。<br>人類よ、未来は開かれた。</blockquote> | <blockquote>この行く末を見届けられないのが唯一の心残りだが、弟子に、そしてさらに教えを乞うであろう者たちにこう残す。<br>人類よ、未来は開かれた。</blockquote> | ||
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また、彼は起床時「光合成をする」と言い放ち日光を浴びる習慣があり、朝の大学の屋上で上裸で瞑想していた。この強烈な習慣は、大学を訪れた多くの者が記憶に残ったと証言している。 | また、彼は起床時「光合成をする」と言い放ち日光を浴びる習慣があり、朝の大学の屋上で上裸で瞑想していた。この強烈な習慣は、大学を訪れた多くの者が記憶に残ったと証言している。 | ||
=== 文明大戦期の逸話 === | |||
彼は特に意味もなく「自身の研究が邪魔される」ことを嫌った為、文明大戦期の兵器開発の政府要請を頑なに断っていた。無理に突破しようとする政府職員にはピラニア酸に手羽先を突っ込んだものを見せ、「次はお前だ」と言い放ったほどである。ほかにもマットに雷銀を含ませて踏ませようとしたり、とにかく自身の研究が邪魔されることを嫌がった。結果政府側が折れ「ラケトスコの成し遂げたい研究のうち、一つが叶うまで応援をすることを約束する」という約束事を交わした。この取引を引き出した翌日から、博士はまるで別人のように協力的になり、一週間後には構想でしかなかったロケットエンジンの設計概要を政府に提出してきたという記録が残っている。 | |||
合州国の試作兵器であるD-2が大気圏を突破して飛行した一報を聞いたときには、三日三晩悔しがりながら怒り狂い暴れまわったと言われている。 | |||
=== 対人関係 === | === 対人関係 === | ||